【虐待を受けてきた私の幼少期日記①】

まずはじめに

《私の幼少期(2才〜6才)の状況下について紹介します。》

母親
・20歳で私を出産。その後離婚してシングルマザーになる。
・オンボロの木造アパート2階建ての2階角部屋に引っ越す。
・介護職

ざっとではあるが、私の幼少期時代の環境はこんな感じでした。

※ここからは不快に思う方も居るような内容になりますので、ご了承頂ければと思います。




私の母親はよく理由もなく私を殴っていた。

些細な事で怒鳴り、洋服を着ていれば分からない部分を殴る。

→なぜ怒られているのか。

→そして殴られるほどの悪い事を自分はしてしまったんだろうか。

と、いくら考えても分からない毎日を過ごしていた。

今思うと、

母親はアメとムチの使い方が非常に上手かったのだと
気付く。

(大きくなっても母親を嫌いになる事が出来ないからだ)


?… その根拠は何だろうと思う方も居るかもしれないが、

簡単に言うと、

怒鳴る。殴る。などのオンパレード


その後は急に人が変わったように優しくなる。
今までの事がまるで無かったかのように!


だが、私はあまりの変わりようにいつも戸惑いが隠せず

「この人は誰??…」


と戸惑っている私に


母親から「おいで、私の可愛い子。」


言いながら両手を広げている母親に対して恐怖を覚えた。


だが、私が戸惑っている時間が長く



中々母親の所に行けずにいると



段々また顔が強張っていき、《結局殴られるといサイクル》


私の心はもう既に壊れていたのでは無いかと思う。


なぜなら

「私にはこの人しか居ない。」
「この人に捨てられたら私は死んでしまう。」
「もっといい子にならなきゃ!」


と言った考えが常にあったから。

普通に考えればあり得ない考えでも、私は身体も精神も
ボロボロでまともな考え方が出来なくなっていたのだ。

そんな中、

母親は育児の大変さなどの現実から逃げる為か

《色々な男性》と遊ぶようになっていった。


家で1人母親の帰りを待っていたある日。

知らない男性と一緒に母親は帰宅。


夕食はもう済ませていた様で
私だけ1人ふりかけご飯を食べる。

母親と男性はお風呂に入り、その後寝室へ。

その時私に
「この部屋には絶対に入るな!
         もし来たらただじゃおかないからな」

と言った。

(もし破れば…)と考えるだけでゾッとしたので
私は居間でテレビを見ていた。


寝室に入ってから数分後、
母親の今まで聞いたことの無いような声が
次第に大きくなっていく。
私は何をしているのかわからなかったが、聞いてはいけないような気がしたので耳を必死で塞いだ。 


とても嫌な気分だった。


テレビを大音量にしたら怒られると思いつつ音量を上げ、


聞こえないように努力した。


数十分が経過したのち、母親は裸でお風呂場に向かって行った。


「なぜ裸だったのだろうか?」と思ったが


聞かないようにした。


その夜私は居間で、1人で寝た。


凄く悲しかったのを覚えている。


知らない人はベッドで寝ているのにどうして私は…?
考えても分からないことが数時間の間に沢山あり過ぎて
私のキャパを超えていた…


そんな出来事がこの一件を境に徐々に増えていった。

そして母親の育児放棄エスカレートしていく…


最後まで読んで頂きありがとうございます。


この続きを知りたい方は次もアップしますので
是非そちらも読んで頂きたいです!


次回は【虐待を受けてきた私の幼少期日記②】です。