【虐待を受けてきた私の幼少期日記②】

前回のあらすじから〜



母親は育児の大変さから目を背けるように
男性を家に連れてきては《性行為》をするという
生活ヘ…


その間、私は放置状態に。




と、ここまで前回はお話しました。

この話の続きから




母親は色々な男性を家に連れてきては《性行為》を行う。
私はその夜居間で過ごす様になりました。


そんな日々も長くは続く訳もなく、私の事が
邪魔だったのでしょう。  

母方の叔父と叔母の元へ私を預けるようになりました。

その時いつも私に母親は
「仕事が終わったら迎えに来るから、
良い子にして待ってるんだよ。」


私は「迎えに来るから」を素直を信じて
ずっと夜も寝ずに待っていた。

ベランダで母親が迎えに来たらすぐ帰れるようにと思い
、ずっと外を眺めながら待っていた。

でも


いくら待っても迎えに来る事は無かった…

「私の事が嫌いなんだろうか…」
「私の事を捨てたんだろうか…」


私はその夜は一切眠る事が出来ず、ずっと朝方まで
泣き続けた。


朝方になってやっと泣き疲れて私は寝てしまった。

お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも

私が何かに怯えている事に気付き、
今まで以上に、とても愛情をくれるようになった。


それから私はお祖父ちゃんとお祖母ちゃんと
暮らすようになる。


母親は気まぐれで、都合のいい時だけ私を
家に連れ帰る様になる。

だが、暴力が無くなる事は無かった…

それでも私は母親を嫌いにはならず、

(どうしたら私を愛してくれるの?)

(もっと良い子にしたら愛してくれるの?)

と考えていた。

今思うと、
(何故そこまで母親にこだわっているのか)と
謎だ。


私の事を大切にしてくれて、愛してくれる人が
とても身近に居たのに私は気付かなかった。

お祖父ちゃんもお祖母ちゃんも私が母親からの

《愛情》を欲していると分かっていたんだろう…


母親に私の事を色々と話し、助言をしてくれていた
様だ。


そして虐待についても。



しかし、母親は全く変わる事は無かった……


親から私への虐待について色々と言われたのか、
一層私への当りが強くなり、素手ではなく物でも
殴るようになる。

特に布団たたきで殴られるのは本当に痛かった…


お尻を何度も布団たたきで叩かれた。

しかも直で。

ミミズ腫れになるのは当たり前、ミミズ腫れの所から
血が滲んで皮膚が切れているのが分かった。

下着もまともに履けず、擦れて痛い。

座るなんてもっとだ。お風呂に入るのも一苦労だった。


そんな傷がある時はお祖父ちゃん家に行く事も
無かった。

虐待をしている事を隠そうとしていたのだろうか…?


母親は元々感情的で、少しの事でも過剰に反応する。 


小さな事でも凄く怒り、
自分でも怒りの制御が出来なくなって
私が過呼吸になるまで殴り倒す。


【この人と一緒に居たらいつか殺される。】

段々歳を重ねるに連れてはっきりと

そう思うようになった。

そして母親への恐怖も日に日に強くなり、

悪夢を見るようになり、夜中に起きてしまう様に…

これは夜泣きというべきか………???


本当に怖い夢を見ていた様な気がする。




最後まで読んで頂きありがとうございます。


次回は【虐待を受けてきた私の幼少期日記③】

 
お楽しみに〜